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立会い出産を経験して

2012-01-08

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皆様いつも有難うございます。ティーケーlmです。


今回は「脱草食系(恋愛)」カテゴリ特別編として
年末年始に私が経験した、

立会い出産の話を少し書きたいと思います。

少し長めの文章になってしまったので、
サラッと読んで頂くかお時間ある時に読んで頂くか
興味がなければクローズして下さい。


まだ経験のない男性にアドバイスと言えばおこがましいですが
感じたこと経験したことをなるべく簡潔に書きたいと
思います。

それは私自身が立会い出産が初めてでその前は
色んな経験者から話を聞いたりネットで調べていて

未知の世界から「実際はどんななんだろう。」とドギマギして
いたことから、少しでも経験をお伝えすれば何かしらに役に立つと
思うからです。


まず、立会い出産について私は妻の考えを尊重しようと
決めていました。

妻の考え第一主義。

つまり妻が立会いをして欲しいというなら
するし、

立会いはやめて。というなら立会いはしない。

妻を尊重しようと。

それで話をしていると「どっちでもいい。」と言うので
嫌なら嫌とはっきり言うはずなので、

(私独自のリサーチでは立会い出産は嫌だという人は
「絶対に嫌だ。出産場面を見られたくない。」という強い嫌悪感を
持っています。)

立会いをしようと思うけどいいか?と許可を得て
することに決めました。


簡単に返事をしてみたものの、
それから先ほども書いたようにネットで調べたり周りの
経験者に聞くと、

どうやら私が思っていたものよりももっと大きなもの
あるようでした。

曰く、

「本当に大丈夫なの??倒れない?」

(倒れる??大丈夫?そんなに大変なの?

曰く、

「血とか大丈夫??ホラー映画とか??」

(血?ホラー?なになになに??

曰く、

「奥さんを女性としてもうみれなくなるかもしれないよ・・・」

(何が起こるんだ

曰く、

「立会いしてもいい人といけない人がいると思う。
 ティーケーlm君なら、大丈夫だと思う。」

(......もうわからん

とにかく想像していたよりも大変で、そこには
何かがある。実態はよくわからない。

そんな感じでしたが、私は立ち会おう。

男として何もできるわけではないが、すぐそばにいよう。
そこで何を見て、何を感じるか、その未来の自分にも
会ってみたいし、信じられる。

そんな気持ちで挑むことにしました。


中には年輩の方の話でこんな話もありました。

今は立会いというのは増えてきたが、
昔はなかった。

そこには女性のもっとも苦しむ姿、恥ずかしい姿を
見るべきではなく、男は外で目を閉じてこれから生まれてくる子を

すべてを掛けて育てるんだという重い責任を背負う気持ちを
噛み締めるべきだ。

ただその場で立ち会えばいいというわけではなく、
もっと重たいものがある。それが日本の男だったと。


それを聞いた時どこかで納得し、なるほどそういう考えも
あるのかと胸に響きました。

しかしもう一度妻と話した結果、そばにいる(立ち会う)
ことに決めたのでした。


結果として私の感想は、
立会いをして良かったということです。

病院によったり、国によっても立会いの仕方は
違うと思いますが、私は下半身地帯には行かない。

それだけは決めていました。だから妻の頭の上に回り
両肩を掴み、「頑張れ」と口にするのが精一杯でした。

しかも視線はほとんどうつむき、時に目を閉じながら。

生まれた時は、「ありがとう。」と思いました。


当然人にもよると思いますが、出産時立会いよりも
その前の陣痛の時の時間の方がインパクトがありました。

昨年12月30日AM6時から陣痛が始まり、
11時半に病院へ行きそのまま入院。

30日の夕方には生まれると聞いて、
そのまま病院に待機。

しかし、夕方になっても生まれる気配はなく
31日へ日付が変わってもまだで、

明け方になるだろうとのこと。

その間、一定感覚に訪れる陣痛に声を出して
痛がる妻。だんだん声が大きくなり、最終的には
悲鳴にも似た声に。

無力な男である自分。
何ができるのか。

その長い長い陣痛の時間に色んなことを
考えるわけです。

女性ってすごいな、とか。

自分の母もこうして苦しみながらも自分を産んでくれたのか
感謝を感じたり、

世の中のお母さんってすごい、頭が上がらない!とか。
(※子供を産んでいない人がすごくないという話では決してありません!)

結局31日の朝7時~に産まれたので、その間
苦しむ妻を見るのが辛かった。

しかしその辛さを乗り越えて産んでくれたという
深い感謝と立ち会ってほんとに良かったと思えました。

そして今すぐ横を見れば、

あの時立ち会って産まれてきた赤ん坊がスヤスヤと
寝ている。

不思議です。

あまり参考になったかどうかわかりませんが、
私にとって忘れられない年末年始のお話でした。

P1000268.jpg

時間は朝へと突入した。
P1000269.jpg

立会い直前の待合室で。
P1000270.jpg

年末年始病院は貸し切り状態。
この病院は私も産まれた場所だった。
P1000271.jpg

まだかまだかと、なかなか落ち着かない。
でも大変なのは、頑張っているのは自分ではないと言い聞かせて。
P1000272.jpg





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チャンスの架け橋(発想の転換)

2011-12-30

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久しぶりに『脱草食系ネタ』を。


例えば、いわゆる合コンに行くとする。

異性が4、5人いるが、あなたの好みの人は
全くいなかったとする。

心の中で、

「ふぅ~。やっぱり世の中甘くないよな。合コンで
自分の好みの人に出逢えるなんて確率なんて限りなく低いよな。」

とつぶやき、意気消沈する。


そしてそのままテンションを下げたまま
不快な気持ちでその時間を過ごすとしたら

それは全くもって勿体ない時間である。

少し前の私ならそうだっただろう。


しかし今ならば、違う考え方が浮かんでくる。


そこに集まった人が自分の好みではなくても
沢山話して仲良くなるべきだ。

なぜならその人と仲良くなることにより
その人が好みでなくてもその人の周りの友達が
自分の好みである可能性があるからである。

これをチャンスの架け橋理論(←?)と呼んでいる。


まずは友達が多そうなその人と仲良くなる。

電話やメールもして仲良くなる。

これはフロントで、バックエンドは紹介してもらう
ということになる。

しかし、その人も馬鹿ではない。

私ではなく私の友達が目当て、ということくらい
すぐにわかるだろう。

だからまず、その人の好みのタイプを聞き出す。

そして紹介される前に自分がその人に紹介をするのだ。

テイクより、まずはギブというわけ。

「合う合わないかわからないけど、俺の友達を紹介
するよ。彼氏できるといいな。

だけど俺の友達2人くらい連れてきてそっちが1人
というのもバランスが悪いから人数合わせよう。」

これで3対3の新たな場が作り出される。

こんなにうまくはいかないものだが、チャンスは
繋ぐものだと考えている。

こんなふざけた話をしているが、これは仕事から
発展させて考えたことである。

異業種交流会などで自分とは関係ない職種だと思っても
誰かに紹介できるかもしれない、

マッチングできたらと思って話をよく聞くのである。

そしてうまく紹介ができた場合、返報性の原理かどうかは
わからないが仕事を紹介してくれるケースがある。


無駄だということは、考え方一つで変わる。

次に繋げることもいくらでも可能だ。

異性としてみれないというケースでも人間的にいい人
という場合は沢山ある。

お互いに付き合える人が紹介しあえたら
ある意味Winwinだ。

もしかしたらその人がある日異性として見えてきて
しまうかもしれない。

それはそれでありだ。

チャンスの架け橋は自分で作るもの。

出会いも自分が作り上げるものだと思う。

無駄は決してない。

その場の人たちに

『あの飲み会楽しかったね!』と言わせることが
できなければ、次の飲み会でも楽しませることはできない
だろう。

それはその場全体のこと(エンターテイメント性)を考えず自分のこと
ばかりを考えているということである。

いわゆるモテている人を見続けてきた私は
その辺のすごさも感じ取ってきたつもりだ。

ただモテているだけでなく、それ以上に考えている、
影の努力があるのだと。


近くに行政書士事務所公式ブログを計画しているが、
やはりこの私的ブログも残したい。

こんなふざけたこと(ある意味では真剣・・・
これも勉強と思っているから)も書けるから

終わりはいつも新たな始まり

2011-04-17

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今日も私は相談を受けていた。




「少し前に恋人と別れてしまって…。」

「うん。」


「やっぱ女性よりも男のほうが引きずるというけれど
 そうなんですかねぇ。」

「よくそう言われるけど一概には言えないと思うよ。」
 

「心を切り替えようと思っても時々思い出してしまいます。」

「きっぱりと忘れることができたら楽だけどそれは難しいと思うよ。
 すぐに忘れることができるなら大した恋愛ではなかったはず。」



「最近その恋人の友人から話を聞きました。その子はもう結構
 吹っ切れていると…それを聞いてあの日々は何だったのかと
 悲しく思えてしまって。」

「そうか。その子は吹っ切れている様子だったと?」


「はい。笑顔で楽しそうだったということです。
 未来を見つめているというか。」

「付き合っていたその子とはすごく仲が良かったんだよね?」
 もしそうだとしたら、まだまだ甘いと言わざるを得ないよ。」


「!?」

「ちゃんとした理由があって別れたんだよね。
 それならばその子はしっかりとケジメをつけているはずだよ。」


「はい。」

「辛くないはずは絶対にないと思うんだ。
 聞いた話とはいえそれを鵜呑みにしてはいけないと思う。

 もっと奥を感じ取るというか。その笑顔はもしかしたら作り笑顔かも
 しれない。だけど、その子はケジメを自分の中でつけている。

 いつまでも過去を振り向いていてはいけないってその子自身がわかって
 いるはずなんだ。辛くても瞳は明日を見ている。
いや、見ないとやりきれないということもあるかもしれない。

 それを君がグチグチしていては彼女のケジメに対して失礼だよ。」


「そうですね…確かに未練がましいですね。」

「今、君にできることは自分自身をもっともっと磨いていくことさ。」
 休みが必要ならしっかり休養をとってからでもいい。磨いてもっと
 いい男を目指すんだよ。」


「・・・。」

「そしたらまたどこかで笑顔で出会えるかもしれないじゃないか。
 再会したときに何も成長していなかったら、情けないよなぁ。」


「なるほど、もっと自分を磨いて成長させることが今自分のやるべき
 こと。それにしても胸の奥が痛いです。」

「その痛みは勲章だよ。人の痛みが少しわかるようになったかも
 しれないしね。いつでも話したいときはまた来てよ。」


「はい!」

「終わりはいつも新たな始まりさ。」






「…あれ?…これ、昔の彼女の写真じゃないですか。
 これって未練…」

「こらこら、やめなさい!返しなさいって!」


ザイオンス効果の応用

2011-03-14

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いつも有難うございます!ティーケーlmのブログです。

皆さんは、『ザイオンス効果』というのを知っているでしょうか?

マーケティング戦略などで活用されているものの一つです。

簡単に説明すれば、

「単純接触の回数が好感度を上げるという現象」を指します。

アメリカの心理学者であるザイオンスは大学生を対象に
ある実験を行いました。

それは顔写真を目にする回数と、その顔写真の本人に対する感情を
調べた実験です。

そして、その実験からは目にする回数が多いほど、その人に好意を
持つという傾向が導き出されました。

実験者の名前から、こうした単純な接触の回数が感情に影響を与えることを、
「ザイオンス効果」や「ザイオンスの熟知性の法則」などと呼ばれるように
なりました。

つまりこれを応用して、何回もお客さんに接触する回数を増やして
営業効果を高めるというわけです。

飛び込み営業ならば再度訪問式で何回も訪れる。
(もちろんしつこくないようにうまく。)

今ではメールで接触することもできますし、ニュースレターを書くことも
できます。

メルマガもお客様に接することのできる一つのツールかもしれません。

ブログもそうだと思いました。

例えばこんなブログでも、もし何回かこのブログを読んでいただいて
いる方がいるとして、何回も読んでいるうちに1回目よりは、2回目、
2回目よりは3回目のほうが愛着が湧いてくる(?)というものです。


あ、これは恋愛にも当てはまる!というか応用できると
思い調べてみるとやはり応用されていましたね。

生理的に受け付けられない!という厳しい第一関門を
乗り越えたとして、

メールアドレスを教えてもらえたならば
何回もメールを送り(この加減が非常に難しいのですが・・・)
接触を増やすことです。

そしてできれば、電話や会うこと(複数人でも)を目指します。

嫌われていたり、避けられていたら、返事もこないし
電話はもちろん会うこともできないのですが、

そうでなければ接触回数を増やすことでメールのやり取りが
日常の一部くらいに感じさせ、ないと寂しいくらいに思ってもらえる
ようになれば相手にグッと好かれる可能性が高まると思います。

相手がお店で働いていたら、ストーカーにならない程度に
顔を出してみるのもいいかもしれません。(嫌がっていたらダメです!)

確か私の妻とも、メール交換から始まり「今日はありがとうございました。」
と社交辞令のメールを入れたら返事が来て。

その返事に返事を書いたら、また返事が来て。

おや?って。

そのうちに「食事いきましょうか。」って自然になりました。

確かに数多く電話したり、メールしてましたね。

ただ、一度相手がすごい仕事が忙しくなったときに
返事が一切来なくなって、、、

その時に、「無理に返信しなくていいので、落ち着いて
余裕があるときにまた返事下さい。」

と一度謙虚に引いたら、復旧しました。

その後まさか結婚するとは思って、、おっと
話が変わってしまいますね。

マーケティングにも恋愛にも

『ザイオンス効果』を活用しましょう

脱草食系ノート①

2011-03-06

Tag :

皆様、いつも有難うございます。
脱草食系コンサルタントのティーケーlmです。

今後、課外活動で行こうと考え中です(笑)

よく「背の高い人が好き。」とか、
「180センチ以下はありえない。」とか公言する女性がいます。

自分よりも背の高い芸能人に対して、

「背が低いからありえない。」

というようなことを言います。

当時は、「どんな神経をしているんだ
と思っていました。

もちろん「背が高い人が好き。」いう条件を課すのは
人の自由ですし、もっともだと思います。

ただ、その条件に達していない人がいる目の前でそのような
発言をする神経が理解できませんでした。

それは、男が少し体重を気にしている女性の前で

「太った人はありえない。」というのと同じです。


しかし、最近ではこれって考え方を変えれば有難いことかもしれないと
思ったのです。

つまり後の後からあらゆる条件(色んなものがあると思います。)
を言われるよりも最初に公言されることでその人に費やす無駄な時間が
なくなるのです。(無駄とは言い切れませんが。)

前出の例では、「背が低い男はありえない。」、「太った子はありえない。」
と公言してもらうことで、

”この人は身長だけで判断する人なのだ。”

”この人は体格だけで判断する人なのだ。”

ということがすぐに分かります。

神経は疑われますが、内心思っていることとは裏腹に
作った笑顔で後から「実はあなたみたいな人はありえない。」と
言われるよりも、

ずっといいのです。
何が本当の優しさかわかりません。

ただ、そのありえないを飛び越して何が起こるかわからないのが
恋愛の一つの醍醐味なのではないでしょうか。

「年上はありえない。」、「年下はありえない。」

本当でしょうか

【脱草食系となるために①】 

 はっきりと自分の好みを言う人の方が(ごまかさないでぶつかってくる
だけに)本当の優しさを持っている場合がある。

合わないと思えば最初からフィルターにかけることができる。
人生の時間は限られているから、効率的に次にいける。

著作権等について

当ウェブサイトにおいて掲載されている内容の無許可転載・転用を禁止します。これらの内容は日本の著作権法及び国際条約によって保護を受けています。

プロフィール

ティーケーlm

Author:ティーケーlm
 何かを始めるのに「遅すぎる!」なんて事はありません。
そして花咲く春を迎えるには冬の時期にしっかりと種蒔きを行わなくてはなりません。果たして芽は出るのか、朽ち果てるのか?独自の視点で時に楽しく時に真面目に描く日記です。



 

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